こんにちは☆スタッフAです!
何をきっかけにこんなことを思ったのかは忘れてしまいましたが、
最近「おとなになって童心を忘れてしまったなぁ」と思ったことがあります。
童心というとザックリとしているのですが、たとえばこんなことです。
- 好きなことへの情熱がなくなった
- 自由な発想や創造的なアイディアが浮かんでこなくなった(浮かべようとしなくなった)
- なにかに一生懸命に取り組む機会が減った
おとなになった皆さんなら共感してくれることもあるのではないでしょうか?
まず、ひとつめですが…
学生の頃を思い浮かべてみると、好きなことにのめり込む能力があったなと感じます。
私は昔から絵を描くことやなにかをつくることが好きだったので、図工や美術の授業が大好きでした。
高熱を出しても、5限の美術の授業に参加したいが為に早退しなかったことも。
(いま考えるとほかの生徒に迷惑ですネ)
絵を描いているとき、ものづくりをしているときは目の前のその行為や思索にふけることに全力であり、一生懸命であり、それ以外のことを考える余裕も集中力の途切れもないくらい没頭していました。
あのときはそれが普通だったので何も思いませんでしたが、おとなになってそんな経験をすることがほぼなくなったなと思い焦りを感じています。
なにかに没頭する集中力や体力、そして「好き」へのアンテナが衰えている証拠でしょうか…。
ふたつめに、自由な発想をする・創造的なアイディアを思い浮かべることが減ったということ。
元々考えるという行為が好きな方ではなくぼけーっと過ごしてきたのですが、日常のふとした瞬間に「◯◯って、こうしたらいいのかもしれない」といった思考が巡ったり気づきを得るタイミングが多かったように思います。
おとなになってからは確実にそのような機会がなくなり、なぜなんだろうと考えていたところ理由が発覚。SNSやネットから大量に流れてくる情報を受け止める行為しかしていないからだと最近気づきました。
学生の頃は、たとえば帰り道とか部活のランニング中とか、授業中とか…「無駄なこと」を考える余白の時間がたくさんあったなと思います。
そんなときにいろんな出来事を振り返ったり、妄想を膨らましてみたり、脳の中で自由に情報や感情が交差する時間が存在していたからこそ、やわらかい脳みそでいれたなぁと。
いまは常に「なにか」をしていて、空白の時間がほとんどありません。
仕事が終わって帰宅してからも、スマホと向き合いSNSで友達の近況や有益な情報、社会情勢をキャッチし、調べごとも全部スマホで。それ以外の時間も映画やドラマを見たり本を読んだり。なにもしていない時間といえば、行き帰りの歩いている時間だけ。
どれだけスマホが毒なのか、わたしたちの余白の時間を奪っているのかということを実感します。
みっつめに、なにかに一生懸命に取り組む機会が減ったということ(お仕事は省きます)。
これは1とも重なるかもしれません。
料理、掃除、運動、ものづくり、ネイル、読書、ゲーム…
対象はなんでもいいと思います。
私の場合はすべて中途半端で、ひとつのことに情熱を捧げたり集中したりできる事柄があるとは言えないかもしれません。
そうなってしまった理由のひとつに、やりたいことが多すぎて、ひとつのことにすべての時間と体力と労力を捧げられないという現実があるのかな、なんて思います。
社会人の私たちには時間と体力が限られていて、翌日のことを考えずに行動する余力がないことが多いです。
「明日のためにはやく寝よう」「明日は仕事だから諦めよう」「やりたいけど家で休みたい」
そんな保身と現実により、なかなか取り組めない現実があります。
皆さんはいかがでしょうか?
ひとつのことに情熱的に取り組む力や創造的な発想・アイディアを生み出す力は、プライベートなことだけではなく仕事にかなり生かされる貴重な能力となります!!
人生を豊かにする為にはもちろん、仕事でも成果と結果を残せるように、童心を忘れない努力を続けることがおとなにとって一番大切なのかもしれません。
「おとなになったいまも童心健在中デス!!!」
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